論文 - 西尾 純二
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秋田県鳥海町方言の推量表現形式「ガロ」と関連形式の用法
西尾純二
科研費成果報告論文集 文部省科学研究費 特定領域研究 (A)(2)『環太平洋の<消滅の危機に瀕した言語>にかんする緊急調査研究(2)』 167 - 179 2002年12月
秋田県由利郡鳥海町では,推量辞として終止形接続のガロが用いられる。ガロは,「暑かろう」「大きかろう」の「カロー」が形容詞だけでなく,動詞にも接続して用いられるようになったものと思われる。一方,名詞には接続しない。また,ガロは地理的分布が鳥海町周辺の由利山間部に限られる希少な形式である。このほか,ゴデァが推量辞として用いられる傾向があることを示した。分布域の狭小さのわりに,推量表現のガロは安定した使用を見せる。しかし,周辺地域で用いられるベ(ー)も老年層の理解語彙にまでは侵入している。また,推量表現としてガロと共存しているゴテは,聞き手めあて性の違いで用法の棲み分けをしている。本論では,この点を確認要求表現と意志表現とにおける形式の対立から関連から検討した。
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卒業式のことば-学長の挨拶の分析- 招待あり
西尾純二
日本語学 明治書院 21 ( 3 ) 66 - 75 2002年3月
出版者・発行元:明治書院
大学学長の卒業式における式辞をインターネットから収集し,式辞の談話構造,発話内容の100年間にわたる推移を分析している。談話の構造が,卒業式という場面のどのような要素によって形成されるのか。また,学園紛争や金融危機などの社会背景によって,卒業式という場面の性質自体がどのように変化し,それに伴い談話構造がどのように変化したのかを明らかにした。また,祝辞の中の「卒業生への期待」のことばは100年を通して見られるが,その内容が変化している。卒業生には日本社会を牽引する存在になってほしいという期待から,社会に積極的に参加し役割を果たす存在になってほしいという期待へと,高度経済成長期を境に変化しているのである。談話の構造や話す内容が,大学の卒業式というフォーマルで規制の強い場面においても,背景社会の情勢に影響を受けて,傾向性を持って変化する様相の一端を明らかにした。
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天草方言の待遇表現
西尾純二
『消滅の危機に瀕した方言語法の緊急調査研究(1)』文部省科学研究費 特定領域研究 (A)(2)『環太平洋の<消滅の危機に瀕した言語>にかんする緊急調査研究』 297 - 311 2002年3月
本論文は,消えゆく方言の記述的調査研究の一環として位置づけられるものである。本論文では熊本県天草群河浦町に住む70代の女性1名に焦点を当て,個人が持っている待遇表現形式が,地域内外のどのような人物に使用可能かについて調査した。すなわち,各待遇表現形式の使用領域と体系性を追究する調査である。この女性が居住するコミュニティーでは,現在は人の身分や血統を地域活動などに考慮しない民主的な社会が形成されているという。かつての名家とそうでない家との経済的優位性が逆転したり,地域の役職も身分に関わらず選出されたりしていると話者は報告する。しかしながら,調査当時のインフォーマントは待遇表現形式をかつての「血統」によって使い分けていることが明らかになった。ここに,話者の社会に対する認識と待遇表現行動との,「ずれ」を伴う関係性を見出した。
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マイナスの敬意表現の諸相 招待あり
西尾純二
日本語学 明治書院 20 ( 4 ) 68 - 77 2001年4月
国語審議会の答申によって改めて提唱された「敬意表現」の特集号。敬意表現は話し相手や描写対象への配慮に基づく表現であるが,その反対の方向性,すなわち相手を非難したりあしざまに言ったりする表現行動について論述した。そのなかで,敬意表現と同様に,言語形式のみで話し手の待遇的な意図を判断できないこと。話し手による事態把握,事態評価,評価表明という表現の動的プロセスと社会規範とのかかわり。それぞれのプロセスで研究課題が存在することなどを整理し論述している。
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徳島・吉野川流域でのダ・ジャ・ヤの消長
西尾純二, 舩木礼子
『日本語方言の調査と記述』文部省科学研究費 特定領域研究(A)(2)『環太平洋の<消滅の危機に瀕した言語>にかんする緊急調査研究』 86 - 124 2001年3月
舩木礼子との共著。徳島方言の指定辞は,まさに交替の最中にあり,全国各地に分布するダ・ジャ・ヤ・ナのいずれをもバラエティとして有する。これらの形式について,様々な文法的環境の中での使い分けと動態を調査・分析した。特に,西尾の担当部分では接続表現内のダ・ジャ・ヤ・ナに注目し,それらが析出されにくい分節意識が形成されている場合にナが保存され,それ以外の部分ではジャからヤに変化していく様子を明らかにした。この分節は音素や形態素などではなく,地域の話者が習慣的に形成している単位であり,その単位が言語変化を説明する手段になりうることを示している。
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グロットグラムから見た待遇表現の消失過程-名古屋~伊勢間における-
西尾純二
地域言語資料5 伊勢湾岸西部地域の社会言語学的研究 近畿方言研究会 63 - 76 2001年1月
名古屋市から伊勢市間の方言を,少年層から老年層話者に調査し,グロットグラム(世代×地域の2次元整理表)化した。本論は,そのうちの待遇表現に関わる項目の論述である。当該地域では,名古屋方面での敬語であった「~シテミエル」形式が地域共通語化する一方,その他の「~シテゴザル」や「~ッシャル」のような在来の方言敬語形式は急速にバラエティを失っていることが明らかになった。また,身内の上位者を敬語で待遇する身内尊敬用法が地域を問わず,言語形成期に終戦を経験した60~70歳代を境に突如消滅していることを明らかにした。
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『口語法調査報告書』の調査機関別回答傾向
西尾純二, 西尾玲見, 吉田雅子
『20世紀フィールド言語学の軌跡-徳川宗賢先生追悼論文集-』変異理論研究会 317 - 331 2000年6月
本論文は,明治期に標準語制定を目的として行われた,政府機関国語調査委員会による『口語法調査報告書』の分析である。この調査は,世界でも極めて早い段階で行われた全国規模の方言調査であり,貴重なデータを提供するのと同時に,研究手法上,様々な改善の余地がある。西尾の担当箇所では,この報告書を言語データとして使用する際の注意点をまとめ,愛知県名古屋市の報告に標準語形が多く見られることと,回答者が女学校の生徒たちであったこととの関連性について議論した。<br />
本人の担当部分:冒頭の導入と問題点の設定。および,名古屋市の回答についての分析。<br /> -
大学生における表現行動のバリエーション
西尾純二
『20世紀フィールド言語学の軌跡-徳川宗賢先生追悼論文集-』変異理論研究会編 143 - 156 2000年6月
「表現行動」を,話し手が事態を認識・把握・評価し,それらを表出するプロセスと位置づけ,言語表現だけでなく,表現のプロセスそのものに地域差(東北・関西・九州)があることを明らかにした。さらに,3地域の間で,ある特定の事態に対する評価付与には地域差がみられず,一定の傾向性が見られるが,事態に下した評価をどのようなことば使いで表現するかにおいて地域差が見られることをアンケート調査の結果から示し,表現行動のバリエーション研究の可能性について論じた。
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西尾純二
『阪大日本語研究』 12 ( 12 ) 57 - 69 2000年3月
出版者・発行元:大阪大学大学院文学研究科 日本語学講座
言語行動には「行うべき(遂行義務)」こと「行うべきでない(回避義務)」ことがある。遂行義務・回避義務の考察には,特定の言語行動について共通した認識が求められる言語行動集団を設定する必要がある。そこで,言語行動について評価した様々なエピソードを,自然談話,小説,エッセイ,落語などから集め,何を言ったらどうなったかの事例集を作成し,言語行動集団のバラエティ,遂行義務・回避義務を遵守・違反したときに生じる集団への影響について分類枠を提出した。
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文法-可能表現-
西尾純二
『対馬厳原方言の実態』大阪大学大学院文学研究科 日本語学講座 41 - 61 2000年3月
九州方言では「読むことができる」の意味でヨミエル,ヨミキル,ヨマレル,ヨムガナル,ヨミヨルなどの形式が各地域で用いられる。30年前の対馬調査では,「新形式」とされていたヨミキルが今回の調査結果からは定着している様子がうかがえる。また,ヨミヨルについてはアスペクトの派生的意味である「反復性」が,可能の意味の「恒常的属性段階」に転成し,能力可能を表したものと見られる。<br />
離島の対馬においては,九州本土での地域的変異や,音声的変異が多数混在する。こういった用法・地域的変異・音声的変異の混在は,離島ならではの弱い言語規範性に起因すると考えられる。若年層の場合,こういた用法・形式の混乱が沈静化していく様子が見られ,新たな言語規範を形成するプロセスが捉えられた。 -
マイナス待遇行動の表現スタイル-規制される言語行動をめぐって-
西尾純二
社会言語科学 1 ( 1 ) 19 - 28 1998年11月
出版者・発行元:社会言語科学会
発話レベルのマイナス待遇表現行動は,話し手の属性によって表現スタイルが大きく異なる。発話の特徴を形成する要素には,発話の長さ,語彙選択,表現内容などがある。それぞれの要素の使用にかかる使用の規制が話し手の属性によって異なる。しかし,別の要素でマイナス評価表明の欲求を補償しようとする。これを補償的表現スタイルと名づけ,表現スタイルに属性差が生じる理由の一端を明らかにした。
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マイナス待遇表現行動分析の試み-非礼場面における言語行動規範について-
西尾純二
日本学報 大阪大学文学部 17 ( 17 ) 57 - 70 1998年3月
出版者・発行元:大阪大学
発話レベルのマイナス待遇表現行動の分析を試みた。マイナス待遇表現行動は,単に卑罵語の運用だけでなく,命令・非難・好ましくない事柄の描写などを含む。これらの複雑な表現行動を,相手に過剰に関与して攻撃する「過剰関与型」の言語行動と,相手との連帯感を打ち消す「敬遠型」の言語行動とに分類し,発話にそれらの要素がどのように含まれ,話し相手によっていかに行動し分けるかについて,場面設定の面接調査から分析を行った。
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五箇山郷における命令表現形式の諸相
西尾純二
文部省科学研究費基盤研究(A)(1)『西日本におけるネオ方言の実態に関する調査研究』 平成8年度 研究成果報告書 1997年2月
この論文では,1995年度と1996年度に実施された富山県五箇山郷での方言動態調査から得られた情報をもとに,越中五箇山方言における命令表現の体系・動態の記述することを目的とした。当該方言では,待遇価の高い「イカレ(お行きなさい)」などの命令形式の多様性は保たれているものの,かつては豊富であった待遇価の低い命令形式「イコ,トツケ」などに関しては,多様性が失われつつあることが明らかになった。
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マイナス待遇表現行動における言語行動の規範意識
西尾純二
『地域言語』天理・地域言語研究会 9 1 - 14 1997年1月
描写対象を低く待遇するマイナスの待遇表現の使用について,その実態を把握するための枠組みを構築し,アンケート調査から語彙レベルでの考察を行った。特にマイナス待遇表現の使用の規制について,世代や性別による違いを明らかにし,上向きの待遇表現とは異なり,マイナスの待遇の場合は,形式の使用は世代や性別などの属性間で強い統制がなされておらず,ぞんざいな形式を用いずにマイナス評価を表明する属性があることを指摘した。